※初見の皆様へ。詳しくは関連作をご覧ください。







まぼろし(番外2)









気がつけば、いつも竜崎のことばかり考えていた。

出会った当初は憧れのような気持ちだった・・・・・しかしその思いは次第に形を変えていくこととなる。

背中を丸めて机に向かう彼の後姿。襟足から覘く白いうなじに何度想像の中で手を伸ばしたことか。

力ずくで体を押し開かれた彼はいつも涙を流し、許しを請う。そんな酷い事をしたいわけではないのに、酷く興奮する自分に驚く。




今日も僕は竜崎の元を訪れた。



彼はずっと机に向かって作品を書き続けている。僕が来たことすら気がついていない様子だ。邪魔をしないようにそろりと部屋の隅に腰を下ろして彼の書いた作品を手に取った。
しかし目に飛び込んでくるのは単なる文字の羅列。いつもなら引き込まれるように読みふけるのだが今日に限ってはとても落ち着かなかった。
ここに来る前までずっと、彼のことを考えていたから・・・・


「夜神君」


出し抜けに名を呼ばれて心臓が飛び跳ねた。

「ああ、ごめん。勝手に入ってきちゃった・・・・」

なんとか取り繕うように言葉を繋ぐ。

竜崎はいつものきょとんとした顔で僕を見つめる。まさか彼は、想像のなかで同性に穢されてるなんて思ってもみないだろう。無垢な彼が今は哀れで、そして腹立たしかった。


「・・・なに?」

「先日、ある出版会社に私は行って来ました・・・・そこで作品を見てもらったのですが・・・」

竜崎の語尾はぼそぼそと小さくしぼんでいた。

「で、今度はどうだった?」

「作中の、男女の恋愛の描写が・・・・あまりにもお粗末だと。現実味が足りないと言われてしまいました・・・・」

「!」

僕は思わず噴出してしまった。

「思いっきり笑ってくれましたね・・・・」

「ご、ごめん」

「いいんですよ。確かに私は恋愛なんてしたこと無いんですから。この年で女も抱いた事ありませんよ。」

「別にそんなことまで聞いてないし、言わなくたって・・・・」

「あなた、何か嬉しそうじゃないですか?私のこと今、馬鹿にしましたね???白状しなさい」

「馬鹿になんてしてないさ」

「・・・あなたは、いい恋愛を沢山してきたんでしょね。女性には困らないでしょう。その容貌なら・・・」

いつもまん丸に開かれている彼の双眸がこのときばかりは剣呑な光を帯びていた。

「恋愛は、したことないよ・・・・いつも女が勝手に好きになって、勝手に傷付いて、そして去ってく。ぼくはうんざりだ」

「酷い男ですねぇ」

瞬間、竜崎の目がぱっと輝いた。

今こいつ絶対ネタになるって思ったな。ものすごく食いついてくるし顔もにやついてる・・・・

「で、その時夜神君はどうしたんですか?どんな風に彼女を振ったのですか???」

今度は次から次へと質問攻めだ。本当にこういうときの彼はわかりやすい。

「うるさいなぁ、自分で体験しないとそういうことにリアリティなんて持てないだろう!?」

人の色恋沙汰を根掘り葉掘り聞いてくる竜崎に、流石の僕も苛立ちを抑えられず思わず怒鳴ってしまった。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


しまった。一番言ってはいけない事を僕は言った・・・・

蝋人形のように固まってしまった竜崎。大失態だ。


「そうですね」


そう言って背を向けた彼の背中は、とても寂しそうだった。

このボロ屋にたった一人で住んでいる彼。

おそらく人生の大半を小説につぎ込んできたのだろう。

あたたかい家庭に背を向け、自分の信じる道に向かって。


竜崎は机の上の書きかけの原稿をくしゃくしゃに丸め、屑入れの中に押し込んだ。

深いため息が彼の口からこぼれる。


「この作品は、ここまでです。私の実力不足・・・・夜神君??」


気がついたら、僕は竜崎を抱きしめていた。うなじに顔を埋めると彼の香りが生々しく鼻腔に広がる。

初めて触れた彼の体は思っていたより骨太で、痩せていた。女の肌の弾力はないが、思ったよりきめの細かいきれいな肌をしている。

このまま、彼の体を奪ってしまおうか、そんな凶暴な考えも過ぎる。


「あの、息が、くすぐったいです・・・」


彼が腕の中で身じろぐ。明らかに困惑している様子だ。・・・当然だろう。

僕はなけなしの理性でゆっくり竜崎の体を開放した。

「僕の見てる前で、作品を捨てないでくれ。僕は読者なんだ。」

これ以上、ここに居ると何をしでかすかわからない。僕は早々にその場を立ち去ろうと腰を上げた。


玄関に向かい、きしむ廊下を歩く。頭を冷やせ。こんなところで折角築いたものを台無しにするのは嫌だ。


「夜神君・・・」

ぱたぱたと奥から竜崎が追いかけてきた。

僕は振り返らなかった。


「夜神君・・・すみませんでした。今日は色々失礼な事を私は・・・・」

あやまる竜崎をよそに僕は無言で玄関の引き戸に手をかける。

すると竜崎が僕の手をぎゅっと押さえつけるように握り締めた。

驚いて振り返ると至近距離に竜崎の顔があった。

「また、遊びにきて下さいますか・・・?」

不安そうな顔で、小首を傾げる。



どうして


どうして君は・・・・・




耐え切れず、彼の唇に自分の唇を重ねた。




「ごめん」


逃げ去るように僕は彼の家を後にした。

もう二度と彼の前には現れない。




勝手にそう誓った。










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壮絶に楽しい一人遊びです!自己満足です(涙)
やはり夜神少年は暴走するのでありました・・・・


自己満足の一人芝居に付き合ってくださってどうもありがとうございました。礼。