※これは「まぼろし」と「まぼろし2」の間におこった妄想話です。竜崎は売れない作家で時制が文明開化のあたりです。
まぼろし(番外)
彼の名前は「竜崎」という。
初対面の彼に対し、僕は大分不躾なことをしてしまった。
初めて招待されてからまだひと月と経たないが、ほぼ毎日通い詰めていた・・・
彼の家の場所はもう覚えてしまった。
一人で住んでいるという貸家は年季が入っており、たまに玄関の戸が開かない。「コツがいるんです」彼がいつだったかそっと教えてくれた。実はカギは一応ついているもののその役目を果たしていないので、コレが鍵の代わりになっているのだ。いつもの方法で僕は彼の領域へと足を踏み入れる。
「竜崎、いるの??」
本や原稿で埋まっている彼の仕事部屋を覘くと彼は机に突っ伏したまま眠っていた。
彼は自称「売れない作家」だと皮肉を込めて自分をこき下ろした。
実際、彼は数多くの出版社に掛け合ったが作品を書籍化してくれるところはないのだそうだ。
僕は彼の書きかけの原稿を一枚とって読んでみた。製作中の作品を読まれるのを彼は嫌がるだろうか・・・・そんな思いもよぎったが好奇心には勝てなかった。
「・・・・へぇ・・・・」
気がつけば、僕は彼の作品の虜になっていた。夢中で読みふけり、気がつけば脇に積まれていた没の原稿まで手に取っていた。ひとおおり読み終え、僕は大きな疑問が浮かぶ。これだけの魅力をたたえた作品が受け入れられないのは何故だろうか・・・。
ゴミ箱の中のぐしゃぐしゃに丸められた原稿が目に付いた。おそらく初めてであった時竜崎が胸に抱えていたものだろう。
それを拾い上げて一枚一枚しわを伸ばし床に並べ、ページ数を確認していると・・・・目の前に人の足の指が出現した。
「なにしてるんですか」
「びっくりした、竜崎おきたの?!」
「こっちこそ驚きましたよ。いいとこの坊ちゃんがゴミ箱をひっくり返しているんですから。」
「竜崎の、悪いんだけど読ませてもらったよ」
「あんな恥ずかしいもの読まないでください・・・・」
「恥ずかしくなんてないよ。素晴らしい作品だった。感銘を、受けた」
「・・・。主観が入りすぎているからでしょうか。出版社の人には“泥臭い”と不評だったんです。私、どうしても説明的で場の情緒を重んじる形式は苦手なのです。」
「まわりにとらわれることはないよ。竜崎は竜崎の感じるまま形にしたらいい。とっても面白くて時間忘れちゃったよ」
これは素直な感想だった。竜崎の書く世界は躍動している。絵空事ではないリアリティを感じる。
「ありがとう、ございます。」
そういって顔を背けた彼のしぐさが、なぜかとても可憐に思えた。
「私、顔を洗ってきます」
照れ隠しの為か、やや早口で告げると奥のほうへ引っ込んでしまった。
ひとり取り残されは僕はぼうっと彼の消えていったふすまの奥を眺めていた。
彼といるととても不思議な気持ちになる。彼の生み出す独特の雰囲気が・・・僕をおかしくする。
脳裏には彼の薄い背中や、力を込めれば折れてしまいそうな手首ばかり浮かんできてあわてて考えを散らす。
とんとんとん
玄関の戸を叩く音で僕は我に返った。
「はい。どちら様でしょうか」
「・・・竜崎さんはご在宅でしょうか」
尋ねてきたのは三十代ほどの男だった。洋服をぱりっと着こなし、時代の先を行く匂いを感じた。
明らかに僕をみて不審に思った様子だった。
「あ・・・竜崎ならもうすぐ」来ますよ、といいかけた時だった。
「そんな男、家にあげることありません。さっさとお引取りください」
襟足から水を滴らせた竜崎が、奥から出てきた。
「竜崎!来てくれた人に対してそれは失礼じゃないか!?」
男は竜崎の姿を見つけるといやらしく口端を吊り上げた。
「そうですよ、あなたにとっていい話を持ってきたんですけれどねぇ」
竜崎はますます不快感を顕にした。
「帰ってください。あなたと話すことは何もありませんから」
そう吐き捨てると玄関の戸を有無も言わさずぴしゃんとしめてしまった。
「相変わらず強情なお人だ。・・・私の誘いを断っておいて、年若いきれいな坊やを愛でる趣味があるんじゃないか」
「勘違いしないでください。私はあんたと違う。彼を侮辱するのは私が許さない」
僕はふたりのやりとりにあっけに取られてしまった。あの竜崎がここまで激しい行動にでるとは想像もつかなかった。
一体過去に何があったのか。
僕は心の中にどす黒い闇が広がっていくのを感じた。
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もう、ヤリたい砲台です。なんだこの変換。
竜崎と絡んでくるへんな男の正体は「いたずらされちゃえばいいよ」って絵版で呟いた男です。
詳しくはコンテンツ内の「もえ妄想メモ」をご覧ください。