※この駄文は絵板に落書きした話を元に、ラストシーンだけを再現しました。詳しくは絵版かもえ妄想メモをご覧ください。



注意:シニネタです。












まぼろし







季節は急に移ろう。

オレンジ色に染まった山の赤がいつのまにか寒々しい土色に変わってしまった。

空には渡り鳥の群れがVの字を作り飛んでいく。

雷鳴がけたたましく古い家屋を揺らし、冬の到来を告げていた。



その日も空は厚く雪雲に覆われ、どんよりと外気の寒さと比例するように重苦しく、人の心までも鬱にさせる。




「外、静かになりましたね」


「きっと雪が降ってるからだよ」


「暦で数えるとたしか今日は満月なのですが」

見たかったです、と病床から竜崎が言った。


「でもこの雪じゃ見れないし、体に障るから駄目だよ」


竜崎は身動き一つしない。動きたくても彼の体力では自力で起き上がることすら出来ないのだ。

・・・・彼はそこまで衰弱していた。


「原稿、あと少しで完成なのですが・・・主人公の最後のセリフだけ決まりません」






しん しん 

しん しん




音もなく雪が積もっていく



屋根に 庭に 


葉を落としたはだかんぼうの木にも







「どうして夜神君はわたしに親切にしてくださるのですか」


今までずっと聞かれたことがない問いだった。

僕は思わず言葉に詰まってしまう。


「それは・・・・」





あなたのことが、すきだから―――




「作品、最後まで完結させて欲しいから」


すると竜崎は満足そうに微笑んだ。


「ありがとうございます・・・」


「僕は“竜崎先生”の一番の読者だという自負があるからね」

「嬉しいです。好きになってもらえて」

次の瞬間竜崎が激しく咳き込んだので僕はあわてて彼を抱き起こし、背中をさすってやった。



とてもやりきれなかった。



竜崎は作品を褒められる事が何よりも嬉しいのだ。だから僕は最後まで気持ちを告げる事ができなかった。



どうしても、いえなかった・・・・。



「大丈夫です、治まりました」

ぜいぜいと苦しそうな息遣いが部屋に響く。





本当は。


作品なんて書かなくてもいい。少しでも長く生きて欲しい。



彼を喪いたくない








骨の浮き出た背中をさすりながら、彼と体を重ねた日々を思い出した。

縋りつき、熱心に求めてくれた体は日に日にやつれていった。今では喉仏が痛々しいほど浮き上がっている。

こんなにか細い体なのに気だけは強くて。

僕の言う事なんかまるできいてはくれなかった。


堪らず彼の痩躯を抱きしめた。


「夜神君・・・・」




しん しん しん しん


雪が、深まる






「夜神君、夜神君、見てください」

おとなしく腕に収まっていた竜崎が何かを見つけたらしく、しきりに身じろいだ。

「どうしたの」

「あそこみてください」

彼の細い指先が示した先には、板の隙間から漏れる薄い光があった。


「え・・・?」


僕はゆっくり竜崎から離れると、立て付けの悪い外戸を力任せに横にひいた。



思わず目を瞠った。


そこには目を疑うような神秘的な世界があった。





「満月・・・」




きりりと冷えた冬の空

雪雲の隙間から美しい満月が覗いていた。


「つきが出ていても雪は止まないのですね」


雪はとめどなく降り注ぐ。見上げればまるで吸い込まれそうだ。





舞い落ちる雪に月の光があたり、影を作る

重なって重なって落ちてゆく


その様はまるで舞台の演出のよう





「きれいです」


竜崎が床を這うように縁側へやってきたので支えてやった。

僕は彼を咎めなかった。誰だってこんな景色を見せ付けられてしまっては、じっとなどしていられないだろう。

寒くないように毛布を肩からかけてあげると彼はちいさくすみません、と呟いた。


「こんなこともあるんだね」

「ええ。不思議です」





きらきら きらきら

雪がかがやきながら

おちていく





竜崎は目を細めてその様子を見ていた。

ふと右肩に重みを感じ、目をやると、竜崎がうっとりした表情で僕に寄りかかっていた。

僕は少しだけ嬉しくなり、竜崎の肩を抱き寄せた。

しばらくの間、僕達はこの神秘的な現象に見入っていたのだが・・・・




「夜神君、私、どうしたんでしょうか・・・・何も見えないんです」


せっかく美しい景色を見ていたというのに。


「竜崎?」


「夜神君・・・・私、夜神君と過ごした時間が人生の中で最も充実していました」


「よせよ」


「こんなに温かい気持ちになれたのは初めてです・・・・」


「縁起でもない事、いうな」

僕の心に言いようのない焦りと恐怖が生まれた。


「そうだ、主人公の、さいごのせりふ・・・・・」

竜崎の声はだんだん小さく、呼吸も細くなっていく。

こんな時なのに、まだ小説の事を言うのか。

「なに?」

こみあげてくる悲しみと涙をこらえ、僕は言葉を促した。



「・・・・・・・・・」



竜崎は僕の耳に唇をよせ、その言葉を発したきり二度と目を開けることはなかった。




しん しん  しん しん



雪が降り積もる


月光がはなむけのように竜崎の上に降り注ぐ


その光景は


まるで彼が作り出したかのような幻想の世界



僕はしばらく目を逸らす事ができなかった。
































竜崎の死からおよそ50年

僕は今でもその時の光景を鮮明に思い出すことができる。




彼の命を懸けた渾身の作品は今や不朽の名作とまで言われている。

悲愴なほどはかなく、しかし繊細な世界の中にもしたたかで熱さを感じるそれは年若くして死んだ竜崎の人生そのものを象徴したかのような作品だった。



作者が死んだことにより有名になったのは皮肉な話だ。


生きている頃、決して僕を見てはくれなかった竜崎。

その瞳にはもっと大きくて、広くて深い何かが見えていたのだろう。


僕は、夢をおいかける彼の姿に確かに恋をしていた。






― あなたを愛していました ―




それが主人公の台詞なのか竜崎の言葉なのか、今となってはわからない。










END





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はあ・・・すみません・・・どうしても書きたくて最後のシーンだけ書いてしまいました。
話を作る(?)クセなのか、最初と最後をがちっと作ってから間に挟む話を作るようです;

ほんとにほんとに拙い文章で恥なんですが、どうしても書きたかったのでかなりの無茶こきました・・・
お見苦しい誤字脱字「これって違うんじゃないのか」的なところは目を瞑ってくださると嬉しいです。

最後に、自分的突っ込みですが、雪降ってる時に部屋着で外気に触れるなよ!!寒いよ!!


お目汚し失礼思しました・・・。