夫婦








「・・・月くん・・・」
僕がベッドの上で雑誌を読んでいると、いつもと同じ白シャツにジーンズの竜崎が、赤ちゃんがハイハイをするような格好で忍び寄ってきた。
いつもの淡白な彼女らしくなく、どこか憂いを帯びたようなその瞳の色とそのポーズに、否応なく僕の心拍数も跳ね上がる。いくら結婚して子供がいたって、彼女への僕の愛も欲望も、昔となんら変わることはない。
むしろ以前よりも増している気がする。
「、どうした、竜崎?」
僕は雑誌を傍らに避け、彼女のほっそりと白い首筋に手を伸ばす。
「あの、私・・・」
「うん?」
答えながら、僕は彼女の首筋に顔を埋める。
ああ、今日も彼女からは甘い香りがする。この香り、どんな香水でも勝てやしない。
「胸がなくなりました。」
「え?ああ、痩せたってこと?そんなの構いやしないよ、元々標準以上だったんだし、普通サイズになったと思えば・・・、」
「いえ、そうではなくて。」
「何、ああ、下着ならいくらでも買いなおしていいから。何なら、ついでに透け透けのベビードールも買って・・・、」
言いながら、顔は彼女の耳元へと移動し、手はほっそりとした腰へと回す。
「貴方は馬鹿ですか。人の話を聞きなさい。なくなったんです、丸ごと。その代わり、余計なものが。」
「は?」
自分でも間抜けな声が出たと思う。
でも仕方ない。それ程彼女の話もおかしいんだから。
体を離して、正面から彼女の顔を覗き込む。
・・・なんか、前よりも顎がとがった?
しかも、何か骨格が骨ばったような・・・。
というか、それ、喉仏?
・・・は?
「月くん、私、男になったみたいです。」
その晩、近所中に僕の絶叫は響き渡ったらしい。



***
「・・・大体、何の冗談なんだ。そんな病気あるのかよ。」
「ですから、私も分かりません。そもそも、病気なんでしょうか。」
絶叫の夜が明けて早朝。やはり竜崎の体は依然男のままだった。
・・・いや、日本語がおかしいな。
元々は女だったんだから、「依然」という表現は妙だ。さすが僕。
「・・・むしろ、病気じゃないと困る。」
「何故です?」
彼女・・・いや、彼か。まあどっちでもいい、竜崎が、男になっても相変わらず小さなその頭を傾げて問いかけてくる。
こうして見ると、胸がないだけで、顔立ちもあまり変わってはいないのに、全く別人に思えてくる。
さっき気付いたが、身長も僕と同じくらいあるし、痩せていて骨ばってはいるが肩幅も広い。
・・・本気で男だ・・・。
「病気だったら、・・・いつか、治るだろ?」
ぼそりと吐き出した僕を、ちらりと横目で見る。
ああ、その表情。
その顔はいつもと変わらないのに、性別が変わっただけで何だか変な気分になってくる。
・・・何かこう、監視されてるような、馬鹿にされてるような・・・。
以前だったら、そんな顔された瞬間押し倒してたのに。
「・・・今、何か良からぬ回想してましたね?殴りますよ。」
低い声でそう呟かれると、不思議と勝てる気が全くしないのは何故だ。

「それより、卯月はどうしましょうか・・・。」
そう、問題は娘の卯月だ。
まだ幼いあの子に今のこの状況を理解しろ、なんて絶対に無理だ。僕でさえ限界に近いのに。
かといって、母親べったりのあの子を納得させることなんて。
「・・・だよなあ。あの子、未だに竜崎のおっぱ・・・、」
何故だ。今までなら普通に言えていた言葉が、妙に恥かしく感じる。
目の前にいるのが、男だからか?中身は竜崎なのに?
「・・・月くん、それくらいで赤面しないでくださいよ、私のほうが恥かしくなります。仕方ありません、卯月にはしばらくおっぱいは我慢してもらいましょう。」
完璧な成人男性の声でそんな単語を吐かれると、変に卑猥に響いて僕はちょっと咳き込んでしまった。
「・・・仕方ないよな、ママはちょっと旅行に行ったことにでもしよう。」
気を取り直すようにそう告げる。
「まあ、それしかないでしょうね。本当のことを告げても混乱させるだけでしょうから。・・・ですが、私はどうしますか?いきなり自分の家に見知らぬ男が住んでいるのはさすがの卯月でも不思議に思うでしょう。」
僕たちは顔を見合わせて、お互いの意見の一致を確認した。
「卯月、ママが旅行に行ってる間、ママの親戚のお兄ちゃんが遊びに来てくれたからね。」
そう説明する僕の顔と、竜崎の顔を交互に見ながら、卯月は僕の服を掴んだまま手を離そうとしなかった。
少し怯えたような瞳をした卯月は、それでも何とか「親戚のお兄ちゃん」の竜崎に挨拶をした。
「・・・こんにちは、うづきです。」
「・・・こんにちは。」
竜崎は、ほんの少し悲しそうな顔をして笑った。



***
「じゃあ、次はこれー!!」
「はい、喜んで。」
小さな子供というのは、得てしてこうも順応性が高いものだろうか。
初めは怖がって近づこうとしなかった卯月が、今ではあぐらをかいた竜崎の上に座って絵本を読んでもらっている。
穏やかな低い声で物語を呼んで聞かせる竜崎の表情も、先程より落ち着いて見える。
・・・落ち着いて、というのは変だよな。
一番動揺しているのは彼女のはずなのに。むしろ焦っているのは僕だ。
さっきも、『病気なら治るけど』なんて、女々しい発言をしてしまった。
彼女を必ず幸せにする覚悟で迎えに行った時に、これから何があっても彼女を傷つけないと誓ったはずなのに、いざという時に僕は男になりきれていない。
はあ、と息を吐いた僕に、卯月が素早く気付く。
「パパー?おなかいたいのー?」
竜崎の膝の上に座ったまま、顔をかしげて僕を見つめる。
その仕草が愛らしくて、僕は思わず笑ってしまう。
「いや、大丈夫だよ。卯月は楽しそうだなー?」
言いながら、僕は二人へと近づく。
ニコニコと笑いながら、その小さな両腕を僕へと伸ばしてくる卯月を、竜崎がひょい、と抱えあげた。
「やっぱり、感じる重さが違うもんですね。」
片腕に卯月を乗せてそう呟く竜崎は、口元に微かな笑みを浮かべていた。
客観的にその光景を見ていると、その姿が妙に様になっていることに気付いた。
いや、そりゃあ元々母親なんだし当たり前なんだけど、何というか・・・。
・・・お前、男前だな・・・。
「月くん?」
いつまでも卯月を受け取ろうとしない僕を怪訝そうに伺う。
「ん、ああ、ごめん。」
慌てて卯月を抱えようとして、ふと気付く。
「・・・ああ、寝てしまいましたか。」
早朝にドタバタしたせいか、見知らぬ「お兄さん」に遊んでもらった気疲れか、見ると彼女は竜崎の腕に抱かれたまま、すやすやと寝息を立てていた。
僕と竜崎は顔を見合わせて、思わず噴出してしまった。


***
「子供ってすごいよな。」
子供用のベッドに寝かしつけた卯月を、二人で上から眺めながら僕が呟く。
「最初は、おっかなびっくりでしたけどね。」
竜崎が、言いながら自分達のベッドに腰掛ける。
「・・・でももし、このまま、」
まるで独り言のように呟かれたその言葉。
僕に聞かせるわけでもなく、ただぽろりと零れたようなその言葉に、僕は思わず彼女を見た。
あんな顔、初めて見た。
昔散々傷つけて、たくさん苦しい思いをさせたときだって、あんな表情はしなかった。
竜崎。
僕は一体何をやってんだ。
病気とか、治るとか、そういうのも大事かもしれないけど。
また僕は、一番大事なことを見失うところだった。
「竜崎。」
僕は、腰掛ける彼女の足元に跪く。
「・・・月くん?」
そして、僕と変わらない大きさのその白い手を取る。
少しばかり骨ばってるが、暖かさはいつもと同じだ。
竜崎の、温度。
「・・・僕は、変わらないから。」
「え、」
しっかりと、彼女の目を見て囁く。
「僕は、お前がこのままでも変わらないから。そりゃあ、卯月のこともあるし、いつまでもこのままってのは正直困る。」
「・・・乳も揉めませんしね。」
「そうそう、って違う!!ちゃんと聞け!!」
普段滅多に出さない大きな声を出すと、彼女が驚いて一瞬びくりとした。
卯月も寝てるのにまずいな。
「・・・すみません。」
低い声で謝ってくる彼女の手を、強く握ることで仕切りなおす。
「・・・いや、いいんだ。そうじゃなくて、元に戻る方法ならちゃんと探す。世界中のどこにあっても、僕が探す。でも、もし。もし仮にこのまま戻らなくても、僕たちはずっと夫婦だから。」
竜崎が、ただでさえ大きなその瞳を更に見開く。
おっこちるぞ、目玉。
僕は、苦笑しながら彼女を抱きしめる。
硬い体。
・・・でも、そこから漂う香りは、紛れもなく・・・。
・・・あれ?
何か。
僕、ちょっとやばいかも。
いやいや、だって竜崎は竜崎なわけだし。
でも、今は男なわけで。
ということは、このままいつもの流れに持ち込むのはまずいわけで。
・・・でも、この香りとこの体温。
・・・・・・・もうだめだ。
彼女の背中に手を這わせながら、ベッドにそのまま押し倒そうとした瞬間。

めきぃ。
どこからか有り得ない音が響いた。
と同時に、自分がいつの間にか吹き飛ばされてドアに激突したことが分かる。
見ると竜崎は、今までに見たこともないような格好で床に手をついて足を高く振り上げていた。
・・・あの、もしかして、お前が蹴ったの?
「すみません。勝手に体が。それと、私、受けるのは嫌ですから。」
・・・お前、受けるって・・・。
彼女の蹴りと、初めて聞いたその台詞に、僕の意識はもう限界だったようだ。
ぷつりと、僕の意識はそこで途絶えた。


***
翌朝。
「いってきまーす、ママ!!」
「はい、いってらっしゃい。」
保育園のお迎えバスに、いつも通り乗り込む卯月を、いつも通りに見送る竜崎。
何故だかは知らないが、夜が明けると元に戻ったらしい。
僕はすっかり腫れてしまった顔を撫でながら、彼女の後姿を見詰める。
・・・・あんな技、いつ覚えたんだ。
すると、僕の視線に引き寄せられたかのように、彼女がくるりと振り返る。
そしてそのまま、スタスタと僕へ近づき、ぐい、と僕の顔を引き寄せた。
「!おい、りゅうざ・・・、」
「本当は。」
耳元に吹き込まれる彼女の呼気と柔らかな匂い。
僕は一瞬息を呑んだ。
「・・・本当は、昨夜あのまま月くんを抱いても良かったんですけどね。」
月くんが、いつになく格好良かったので。
さらりとそういい残して、彼女はそのままキッチンへと消えていった。
目の端に移った彼女は、少しだけ微笑んでいた。

何よりもまずいのは。
あの男の竜崎になら、抱かれてもいいかも、とちょっと思ってしまった僕自身かもしれない。
(end)













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ふんごぉぉぉ〜〜〜!!「男ばーじょんでぢょしだいせいLを書いてください、完結後の設定でv」

なんてゆう大それたリクをしてしまった管理人、興奮の余り日本語が不自由になりました・・・・

これ、凄いですよ・・・・・理想ですよ・・・・・hamkem様素敵!!!女でも男前な竜崎は男になったら

もっと男前だった!!乙女月は抱かれてもいいんだって!!ぐはあーやられた〜〜〜(キュン死)

卯月ちゃんまで出してくださって(涙)改めて二人の子供が云々といわれると妙にこっぱずかしいのは

何故でしょうか(笑) 目に浮かんできますよ、男竜崎が卯月をお守りする風景が、そしてそれに

ときめく乙女な旦那!!幸せをありがとうございました〜〜