クラスメイト



「夜神月」
この名前を初めて知ったのは、中学時代に通っていた塾の模試だった。
この一度見たら忘れようの無い一風変わった名前は、全ての模試の全ての教科で常に満点を収め、中学三年間一度も一位を譲ることは無かった。
高校に受かった時は、同じクラスだった女子どもがキャーキャー騒いでいた。
「嬉しい!春から夜神くんと同じ高校だよ!」
「どうしよう!毎日会えちゃうよ!」
制服を着ているだけで他校の女の子にもてちゃうだろうなあという俺自身のヨコシマな発想は棚に上げ、全くキミたちは何しに高校に行くんですか、と心の中でぼやきつつ、こうして出会う前から俺の中で夜神月の印象と言うのはなかなかに悪かった訳である。


そして、春。
新入生代表で挨拶をする月を見て、それまで抱いていたまだ見ぬ「夜神月」に対する気持ちは決定的となった。
――――何でも持ってる奴って、本当にいるんだなあ・・・。


月は人からの羨望ややっかみを軽々と超越し、俺のような一般人にはおよそそういう感情さえ湧かない次元に、一人ですくっと立っていた。
壇上ではきはきと挨拶をする月を眺めながら、俺はこいつと口をきく事も無く、全く別世界の人間のまま又卒業式にもこいつの答辞を聞いたりするんだろうなあと、あくびを一つかみ殺した。


しかし運命というのは不思議な偶然でできている。
首席で入学した月とぎりぎり滑り込んだ俺だったが、「夜神」、「山本」という、明らかに出席番号順が前後だったという理由だけで、俺ら二人はだんだんと親しくなっていったのだった。
実際に接してみた月は、中学の時に眺めていた模試の結果の薄い紙に印刷されていた名前から想像するよりは面白い奴ではあったけど、それでも第一印象を覆すことはない男だった。
つまり、品行方正、衆目美麗、文武両道、非の打ち所の無い、絵に描いたような優等生。
近くに寄れば寄るほど、遠くに感じることも増えた。


月が俺を他人に紹介するとき、何と言うだろうかと考えることがある。
友達?
いや――――――
クラスメイト・・・・。


結局俺たちは3年間同じクラスだった。


「月と試験勉強するのも何回目だろうな。」
「うん?写すなら早くノート写せよ。」
放課後の教室でシャーペンをカチカチ言わせながら呟くと、月は教科書から目線を上げずに応えた。
「月、」
「何。」
月はさっきから読んでいるのかいないのか分からない速度で、物理の教科書をぱらぱらとめくっている。
物理なんか最終日じゃないか。
明後日に迫ってる古典とか日本史とかからやろうぜ、普通。

「頼みがある。」
「なんだ、古典のノートもいるのか。」
仕方がないな、と言いながら月は机の中に手を入れた。
「いや、それはありがたく借りるけど、そうじゃなくて」
「まだ何かあるの。」
「ああ。」



俺は黙った。意図的に。
それが読まれているのか、それとも俺が何をしようとあんまり気にならないのか、月は特に探りを入れてくる訳でもなく、ただじっと待っていた。
茶色の瞳が、いつのまにか教科書ではなく俺の方を向いている。


「今度の期末で、」
俺が切り出すと、月は頷く代わりに瞬きをして続きを促した。
「俺がお前より成績が良かったら、俺の言う事を一つきいてほしい。」
月はじっと俺を見ていた。
そして、ほんとに何て失礼な奴だと思うのだが、いきなり笑い始めた。
「どうしたんだ山元。」
「いやまじで。」
「なんだよ、別にテストで勝たなくてもきけることだったらきいてやるよ。」
「いや勝つことに意義がある。物理でお願いします。」
「教科指定かよ。」
「全科目で俺がお前に勝てるわけないだろ。」
「物理か・・・いいけど・・・。何だ、どうしたの。何かあったの。」
月は教科書をたたんで頬杖をついた。
この一年でまた少し背が伸びたな、と思った。
入学した頃は、唯一身長だけは俺が勝っていたのに。
毎日の変化は小さくてあまり分からないのかもしれない。
こうしていると、背丈以外は入学した時と何も変わっていないようにも思える。
それどころか、俺が月の名前を紙の上で眺めていただけの中学の頃からでさえも。


「試験で俺が勝ったら言うよ。」


そして期末試験はあっさりと終わり、俺は初日から最終日の物理ばかりを勉強した結果92点、月は100点で惜敗(ということにしておいて下さい。)。
それ以外の科目では赤点二つという悲しい結果となった。
俺の追試の勉強を見ながら、月は尋ねた。
「お前何を頼みたかったの。」
「いいよ。負けたから。」
「そう。」
月は笑った。
最初に俺が言い始めた時とは違う笑い方だった。


少しは面白かっただろうか、と思う。
結局、俺はいつでも月の予想の中にいる。
出席番号以外の興味なんて月にはない。
俺だけじゃない。
学校にいる奴らなんで、月にとってはかぼちゃかいもくらいにしか見えていないに違いない。
どこを見てるか分からない、退屈そうな優等生。
だけど俺は6年間もずっとお前の名前を見てきたんだ。
はなから頼みたいことなんて特にない。
お前の、興味を少しくらいは、ひいてみたかった。
なにか、こいつを驚かすようなものが空から降ってこないかな。


「ノートもっぺん貸してくれ。」
「いいよ。」


FIN




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甘味処:安倍川とも様

月君がノートを拾う少し前のお話だそうです。「友達」と「クラスメイト」の微妙な距離感が切ない山本君。
原作の中でも、彼と月君はこんな感じだったのかな、と思わせるような素敵な作品です。お忙しい中本当にありがとうございました!!