籠り唄 ― L&月 ―



「じゃ、消すよ」
いつもそう言ってから夜神月は、部屋の照明をオフにする。
律儀に宣言するわりには、私が寝ようが寝まいがおかまいなく自分一人でも就寝する。
監禁を解かれ、手錠で繋がれてすぐの頃は「寝ないのか?」とも、「いつ眠るんだ?」とも訝しげに、時には心配そうに聞かれたりもしたが、「やることがありますから」という通り一辺倒の私の応えに、近頃では何も聞かずに自分一人でも睡眠を取るようになった。それは、自分の就寝中に自分には見せたくないキラ捜査をしている為なり、それともキラ容疑者である自分を観察する為と解釈したのか、どちらにしろ一緒に寝ることはもはや諦めたようだった
「おやすみ、竜崎」
ベッドに潜り込んだ月が、薄いシーツを胸元まで上げて上を向いて目を閉じる。
「おやすみなさい、月くん」
挨拶を交わしてほどなくすると、膝を抱えて蹲る私の右側から、規則正しい寝息が聞こえてくる。
薄闇に浮かび上がる白い横顔。
薄茶色のくせのない髪が枕に流れる。伏せられ、より一層長さの際立つ睫。なだらかに通る鼻梁。吐息に合わせて微かに震えるさくら色の唇。
造形美に恵まれ過ぎた綺麗な寝顔を、私は飽きることなく暗闇の中でじっと見つめる。
やがて、一つ夜神月が寝返りをうつ。
細身の身体が半回転した分だけ、更に右へとシーツの上で撓んだ鎖が引っ張られる。
「ん・・・・っ」と、声になるかならないかの密やかな音が鼻から漏れる。
その声を皮切りに夜神月の長い夜が今夜も始まる。
私と反対側へと向いた身体が、再び寝返り正面を向く。
そこに、先程までの穏やかな寝顔はもうどこにもない。シーツを握り締めた手が細かに震え、全身が緊張に包まれる。歯をギリギリと食いしばり、喉の奥に荒い息が絡みつく。深い溝を刻んだ眉間から、吊り上がる眉がひくひくと震える。右へ左へと忙しなく、寝返る姿態は何かから逃げているようにも見える。
しかし、そんな風に苦しみもがく姿すら夜神月は、一幅の絵画のように美しい。
「っ、・・・ぅ、・・・・ふっ・・・ぅ」
膝を立てた足先が、シーツを蹴る。寝苦しげに揺さぶられた髪が、パサッと乾いた音を立て、白い枕に乱れ散る。
けれども、夢の中で苦悶する姿を眼下に見下ろす私は、その髪に触れることができない。捜査を共にし、生活を共にし、日毎夜毎に縮まっていく距離の中で、この指は夜神月に届かない。
もっかのところキラを見失ったかに見える私の目の前で、キラに繋がる鍵を握るのは良くも悪くも夜神月しかいない。夜神月だけが、私の獲物だ。


美しく、狡猾で、叡智を競うにたるただ一つの獲物、キラ。


険しい横顔が、監禁前の表情にだぶって視える。無くした何かを夢の中で取り戻している夜神月を、私の腕はこちら側へと引き戻すことができない。
Lだからこそ、救ってやれない魂の欠片を、闇の中でじっと見つめる。
「っ、・・・ん・・・・、ふぅ・・・」
やがて明け方近くになり、月の呼吸が落ち着き始める。夢魔の支配を振り切った横顔が、穏やかな寝顔を取り戻す。
そうして私は、もう一度深い眠りの霧の中を彷徨い始めた月に、その道程を妨げないよう低く囁くのだ。
「おやすみなさい・・・」

愛しています、月くん。

続く言葉は、私の心の中だけで。
届くはずのないこの声が、夜神月の枷となり。
夜神月の戒となり。
夜神月の光となり。
夜神月の翼となり。
いつか、夜神月の闇を掃えるように。

白いシーツが朝の光と同化しはじめた頃、私は今日もその髪に、その肩に、その背中に届かなかった指先で膝を抱え、つかの間の浅い眠りに落ちていく。


 

ミサ&月へ






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L&月サイドのお話までいただいてしまいました〜〜〜

キラ捜査の鍵は夜神月。捜査と愛情の狭間で揺れるLが切ないです。届かない声が月君を救えたら
見守るような、深い愛情を感じました。神井さん、素敵な作品をありがとうございました



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